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健康セミナー/2012年健康オープンカレッジ (井上 孝代氏)

”心理支援力”とポジティブ心理学

 6月22日水曜日、フォーデイズ東京サロンにて、 健康オープンカレジが開催されました。
 夫婦、親子、友人、ご近所さんなど、さまざまな人間関係がありますが、皆様はどのようにコミュニケーションをとっていますか?今回のセミナーは、多元化の時代の中で、どのように相手と価値観をすり合わせていけばよいのか、相手も自分も満足する解答を導き出し、ポジティブに生きていく人生のヒントについてお話して頂きました。
 話を聴くだけでなく、双方向にコミュニケーションをとるセミナーだけあって、会場の皆様も多くの方が、近くの席の方とコミュニケーションをとりながら参加し、会場もとても盛り上がりました。


時代と共に価値観が多様化する多元化の時代


seminar11_img_04.jpg 現代は、ストレス要因がたくさんあります。多くの要因がありますが、その理由のひとつに、昔と現在の家族観の違いがあります。東日本大震災の後には、家族や人との絆が大事であることが再認識されました。絆を結ぶのに必要なのが、コミュニケーション能力です。
 ヨーロッパでは100年かけて高齢化が進んでいきましたが、日本では何分の1のスピードで高齢化が進んでいます。現在は5人に1人の高齢者が4人に1人、3人に1人の時代がすぐにくるでしょう。高齢者社会の生涯発達の課題について、日本では前例がないので発達心理学が追いついていません。
 農業革命を経て、産業革命の時代は、個人主義の時代。自分が中心で、自分が幸せになればいいという考えでした。ポストモダンの現代は、自分は1人で生きているのではなくて、人とのつながりの中で生きている、という考え方の時代です。
 私が留学生カウンセラーだった頃、こんなエピソードがありました。あるアジア系の国費留学生は、毎月約14万円の奨学金を支給されていました。ところが、彼は1杯30円のご飯にケチャップをかけて食事を終えていました。私がびっくりして、「そんなにまでして、お金を貯めてどうするの?」と聞いたところ、彼はこう答えました。
「食費を節約して、国の家族に送金している。兄弟も学校へ通わせてあげたい」
 その留学生は、自分が幸せだけでなく、家族も幸せでないと決して幸せではないと考えていたのです。ポストモダンの関係性の中の自己観では、自分とあの人が両方幸せであることこそ幸せ、という価値観を有します。この留学生のエピソードこそ、そういう価値観を示しているといえましょう。


元気な人は時間的展望を持てる


 ここで皆さん、一つエクササイズをしてみましょう。円を3つ組み合わせて書いてくださいますか?円はそれぞれ、過去、現在、未来です。どの円が過去、現在、未来であるかも書き込んでください。これは、「時間的展望」といわれるものです。絵は主に例1~3のように表されることでしょう。


seminar11_img_11.gif 過去と現在はつながっているけれども、その他の図のように未来が離れている絵の人もいます。留学生の事例で、日本という国の中で将来展望が描けず、未来だけポーンと飛んでいたりする絵が見られました。皆さんのなかで、もしも、どれかが離れている円がある方は、誰かと話をしたり、こころの整理をしたいことがあるのかもしれません。未来が離れている人は、将来のことを考えたり、過去が離れている方でしたら、過去のアルバムを整理するなども試してみるといいかもしれません。
 美空ひばりさんの「川の流れのように」という歌がありますが、私たちは時の流れに生きています。人生の流れが止まるときは、立ち止まって考えて頂きたいと思います。
 例えば、医療少年院から少年が社会復帰する際には、3つのことをチェックします。①自己肯定感が高まったか、②心の居場所、つまり受け入れる場所(人)があるか、③将来展望が描けるかどうかです。先のことを考えられるのは、元気な証拠なんですね。ただし時間的展望はとても大事な要素なのです。


問題解決の手助けをする心理支援力


seminar11_img_05.jpg 日本は、昔から安全の国といわれてきました。ところが、東日本大震災のような地震が起こり、食の安全性にも不安が残り、原産国はどこか調べるようになりました。今まで、心配しなくて良かったことまで心配しなくてはならないようになりました。
 そんな時代で不適応症状あるいは不適応行動を起こす人がたくさん出ています。身体化障害、例えばうつの状態、中でも最近は"プチうつ"という"非定型性うつ"が問題視されています。
 プチうつというのは、どういう症状かというと、歓送迎会とか飲み会とか仕事とは直接関係しない楽しいことなら出かけられるけれども、会社の業務やミーティングには参加できない、などという症状です。"うつ"というと、自宅でじーっとしているネガティブな状態を思い浮かべますが、今は一見"元気なうつ"というのもあるので、注意が必要です。
 それではここでもう一つ別のエクササイズ、「雨の中の自分」を描いてみてください。多くは、雨が降る中、傘をさしている絵を描かれているのではないでしょうか。これはどういうことかというと、雨はストレスを表します。傘はストレスに対して、どうやって防ぐかという自己防衛のツールです。今は、こういった絵がなかなか描けない人がいて、例えば傘がひっくり返って傘の役目を果たしていない絵などがあります。これは、たとえば震災被害でPTSDに陥った子供などがこんな絵を描くことがあります。
 それから、傘さえさしておらず、びしょ濡れの絵を描く人もいます。我慢が強くて、ストレスにさらされても、自分が傷ついているとか困っているとかいうことすら気がつかない、あるいはどうやって防げばいいかわからないという人が増えています。周りにも必ずいるはずです。
 こうした状況で必要なのが、"心理支援"です。心理支援はなぜ、必要なのでしょうか。
従来は、「援助モデル」でした。例えば、アルコール中毒の人がいるとすると、その方を専門家の方が治療する。問題を抱えた人を専門家が治療する、これが「援助モデル」といわれるものです。
 でも、現代に求められるのは「支援モデル」といわれるものです。そのモデルでは、アルコール中毒という"問題"があって、その問題を抱えた人がここにいる。その当事者がこの問題を解決する。その当事者の問題解決を助けてあげる。そのためには、専門家だけではなくて、非専門家である家族や近所の方、友人も問題の解決に対して助けていく、これが「支援モデル」なのです。


必要なのは双方向型のコミュニケーションスタイル


seminar11_img_06.jpg 心理支援をおこなううえで必要なもの、それは"共感的コミュニケーション"です。幸せな生き方を英語でいうと、well-being といいます。  well=良い being=存在すること つまり元気で生きていく、幸せな生き方はコミュニケーションと絶対関係があります。なぜかというと、それぞれ自分たちの気持ちを人に伝えることで、自分のニーズを満足しようとします。
コミュニケーションがない場所に自分の幸せもないわけです。
自分の世界は自分と他者、その関係の中で生きているので他者に自分の気持ちを伝えないと幸せもない、ということで対人コミュニケーションは大事であるということになります。
 ここで、コミュニケーションスタイルの典型的なTV番組を2つあげましょう。
 ひとつは、NHKの"バラエティ生活笑百科"。これは、何か困ったことがあると、法律的にはこうですよ、と弁護士が教えてくれる番組です。
 もうひとつは、"難問解決!ご近所の底力"。こちらは、"バラエティ生活笑百科"とは全く異なるコミュニケーションスタイルです。例えばお隣さんのゴミの出し方が悪い、といった問題が起こると、弁護士が回答するのではなくてご近所の方に聞いてまいりましょう、というコミュニケーションスタイルです。
 コミュニケーションには2つのスタイルがあります。
 まずは、"命令型コミュニケーションスタイル"。これは、法律的には○○だから、こうしなさい、と伝える。あるいはお母さんが子供に、勉強しなさい、と一方向的に言います。
 次に、"説得型コミュニケーションスタイル"があります。命令型と説得型コミュニケーションスタイルは違うように見えますが、実は同じです。両方とも結果は決まっていて、自分の価値感を相手に押しつける行為です。お母さんは、勉強しないと、いい学校へ行けなくて、いいサラリーマンになれなくて、貧乏な生活のままですよ、と自分の価値観をいわば強要するように説得します。つまりは両方とも一方通行のコミュニケーションスタイルなのです。
 これと違って、自分は相手に申すけれども、相手の話すことも聞きますよ、というのが対話型コミュニケーションスタイルです。必要なのは、この双方向型のコミュニケーションスタイルです。これで、互いの価値観をすり合わせることが大切です。それでは、価値観とは何でしょう?


相手との話は、"聞く"より"聴く"


 愛、仕事、お金、楽しみ、健康、正義、名誉、権力、この中で、皆さんが人生で最も大切にしているものは何でしょうか?私たちが大事にするものが、人生の意義であったり価値であったりします。これは、文化によって異なります。価値観は人それぞれ異なっており、その方の感情とか考え方、行動などに影響を与えます。異なる価値観(文化)を持った人同士が話しをするので、異文化間コミュニケーションといいます。双方向型コミュニケーションというのは、順番に話をすることではなくて、この人にとって何が大切なことなのか、価値観のすり合わせを行うことです。これに必要なことが、"聴く"ということです。"きく"には"聞く"と"聴く"があります。ここで、皆さんで両者の違いを体験してみましょう。
 例えばある留学生が、「日本の奨学金は、白人ばかり優遇して、アジア人を差別する」などと、訴えてきたとします。そこで、相談員が「そんなことありません。ここにデータもありますよ」と説明しても、留学生は心から納得しないでしょう。そこで、「差別されていると感じているのですね」と、まずその留学生の気持ち(感情)を受けとめてから、「データがありますが、見てみませんか」と話をするようにしてください。
 それと、話を聴く場合に大事なことは、「共感的に聴く」ということです。"共感"と似た言葉に"同情"がありますが、両者は少し違います。"同情"は相手と同じ気持ちになる、例えば、それはひどいねとか、痛いね、これは同情の言葉です。それは、痛そうに見える、あなたは痛そうねと相手の気持ちを想像しながらいうのが、共感の言葉です。
 加えて、現在は多文化共感性といって、多くの文化がたくさんあります。外国と日本の文化の違いだけではありません。例えば、宗教や性同一性などの違いがあります。多文化の今日、それらの違いを尊重して相手の話を共感的に聴くことが何よりも大切です。


コンフリクト転換と和解


 今の世の中はコンフリクトだらけです。
 夫婦、親子、ご近所さん、様々な対立があると思います。こういったときに、心理支援力をもってそれを助けていくのはどうしたらいいのか、そのヒントがトランセンド法という方法です。
 トランセンド法を説明するにあたって、"オレンジ課題"といわれるものをやってみましょう。
 例えば、テーブルの上にオレンジが1個ありまして、10歳の姉と5歳の妹がいます。これを巡って、トラブルが起きた場合、母親はどうやって問題を解決するか、という課題です。
 解決法にはどんなことがあるでしょうか?オレンジを半分にするという方法もあるでしょう。例えば、大きいからといってお姉さんにあげちゃうと、姉の勝ち(Win)、妹が負け(Lose)。逆に、お姉さんに我慢させ小さな妹にあげちゃうと、妹の勝ち、姉の負けとなります。通常ですと、半分とか、お姉さんが多め、あるいは妹が大目など、中間的な地点の中で、妥協点を見つけます。
 私は、国際平和学者ヨハン・ガルトゥング博士にお会いして、別の考え方を学びました。これは妥協点を超えた両方が満足する地点、トランセンド地点(超越点)を目指して解決していくという考え方で、トランセンド法とよばれるものです。これには、発想の転換が求められます。
 例えばオレンジ課題における発想の転換は、オレンジをもうひとつもらって、これで1個ずつ分ける。こんなふうに、発想を違った展開にしてベクトルを変えて、双方が満足する地点を目指していく。共感的な対話を通して目指していく、これをトランセンド法といいます。
 この他にも、リビングルーム紛争の話しをしましょう。熟年夫婦の奥様が、日曜日には料理教室を開きたいと考えました。このため、ご主人には毎週出て行ってほしいと話しをします。ご主人は、日曜日はソファでゴロゴロしてTVを見るのが至福の楽しみだから、「平日に開催しろ」などと、つっぱねます。奥様も、負けずに「日曜日でないと、平日働いているOLのお弟子さんがつけられない」と反論します。
 この問題の解決には、午前と午後にわける、カーテンをつける、週交代にする、などの妥協案もあると思いますが、トランセンド法に必要なのは共感的な対話です。
 そこで、奥様にどうしてそんなに料理教室を開催したいのか聞いてみました。すると、今までずっと子育てで忙しく自分のアイディンティティを確立できなかった。これから先、夫婦ふたりきりで生きていくのに、何を生きがいにしてよいのかわからない。というのが本当の気持ちでした。
 ご主人のほうに聞いてみると、リストラ直前で、まだまだ65歳の年金が出るまで、どうやって家族を養えばよいのか、悩んでいた。それぞれがいわば老後の結婚生活について悩んでいたことがわかりました。
 それなら二人で一緒に、熟年の共通の趣味を見つけるとか、野鳥の会に入るとか、川の水質検査をするとか、環境問題の会とか、ご主人が料理教室に入るとか、いろいろなアイディアが出てきます。
 そうなると、リビングルームの使い方ではなくて、熟年夫婦の生き方といった別のベクトルの話し合いになっていくのではないでしょうか。そういう発想の転換が必要なのです。
 私が調停委員として関わったあるご夫婦の離婚調停事例をお話しましょう。
 ご主人は、慰謝料に2000万円払うので離婚したいと言いました。ところが奥様は、1億円でないと離婚しないとつっぱねました。相調の男性調停員は、それなら足して2で割って、6000万円でいかがですか、などといいます。そこで、私はトランセンド法にのっとり、奥様になぜ1億円もの高額な慰謝料が必要なのかを共感的に聴かせていただきました。
 すると、奥様は、これまでずっと主人から私は馬鹿されてきた。毎月50万円を振り込むだけで、家にも帰ってこない。別宅をかまえて、子供までいる。一度も謝罪されたことがない、人間性を無視された20年の慰謝料が1億円です、と話しました。
 それをご主人に伝えると、奥様は働かなくても毎月50万円もらえる。だから一度も悪いと思ったことがなかった。人間性を無視していたとしたら、そのことを心から謝罪する、という返事です。
 今度はそれを伝えると、奥様はご主人が心から謝罪するなら慰謝料は5,000万円でいいと話す。ところが、ご主人はやはり2,000万円でお願いできないかという。それで、再び奥様に「奥様は離婚されたらどんな生き方をしたいですか」と問いました。すると、奥様は、「自分は今までパラサイトだったから、自分で働いて生きていきたい」というので、私が「なるほど、それにはどのくらい必要でしょうか」と聞きました。
 そしたら奥様は、「3,000万円」といいます。それをご主人に伝えたら、「彼女がそういう生き方を望んでいるのならば借金をしてでも応援したい」と話されました。そこで、お子様の養育費を前払いして、2700万円で決着しました。
 男性調停員が「こういう決着は初めて見ました。共感的に聴いていくことが、これだけの金額の差になるのですね」と、びっくりしていました。
 これは、非常に珍しい事例ですが、共感的に相手の立場を聴くことの大事さ、そのときに、心をこめて相手の話を聴くこと、そして、時間的展望、将来につなげること。そのことが、コミュニケーションの大事さなのかな、と思います。
 これが、ポジティブ心理学の考え方です。Win-Win 自分も相手も両方が勝つ、自分も相手も両方が幸せになる、ということです。今までの心理学は、困った人、弱った人を治療するという傾向がありましたが、これからの心理学はその人の強みをもっと伸ばそう、もっとポジティブな面に目を向けよう、そういうことを考えるようになりました。
 皆さんも、どうぞ心理支援力を身につけて頂いて、自分の家族とか地域の中でさまざまな問題の解決に取り組んで頂きたい。そのことが、自分自身の、周りの方々のwell-beingにつながります。
 相手を笑顔にすることで、自分も笑顔になるし、そのためには、感情を大切に扱うこと、感情を表現することで、その人本来の望みが感じられるものになります。共感的なコミュニケーションを図って頂くことで、どうぞサクセスフルエイジングを目指してください。

明治学院大学・心理学部 教授井上 孝代氏 (イノウエ タカヨ) 氏

 九州大学文学部哲学科卒業。九州大学大学院文学研究科博士課程単位満期退学(心理学専攻)。1991年より東京外国語大学留学生日本語センター教授を経て、1998年より明治学院大学心理学部教授。博士(教育心理学)。臨床心理士。2006年より四谷マクロカウンセリングセンター代表。公立学校スクールカウンセラー、社会福祉機関の心理カウンセラー・グループワーカー、家庭裁判所調停員、自治体の各種審議会委員、総務庁「第11回世界青年の船」指導官・カウンセラー等を経験。マクロ・カウンセリングを提唱。トランセンド研究会会員。専門領域:カウンセリング心理学、異文化間心理学、コミュニティ心理学。
【編著書】 「共感性を育てるカウンセリング」「コンフリクト転換のカウンセリング」 「コミュニティ支援のカウンセリング」「エンパワーメントのカウンセリング」(以上、川島書店) 「あの人と和解する  仲直りの心理学」(集英社新書)、「心理支援論」(風間書房) 「コミュニティ・カウンセリン」Lewis etal. 井上監訳(ブレーン出版)、 「新しい自分へ」(学芸社)、「コンフリクト解決のカウンセリング」(風間書房)など

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